知的資産経営の「今」と「昔」(2)

DXがうまくいかない会社が見落としている工程

※本記事は連載の第2回です。

第1回では、「知的資産経営」という一見すると過去の言葉が、実はDXの源流とも言える考え方であることを整理しました。

▶ 第1回:知的資産経営の「今」と「昔」 https://ismec.jp/intellectual-asset-management-1/

今回は、DX失敗の原因がITやツールの問題ではなく、「価値創造ストーリーの設計」という工程が見落とされていることを説明します。この工程は面倒で、時間がかかり、数字にしにくいため後回しにされがちですが、実は「3つの問い」で設計できます。

よくあるDX失敗のパターン

まずは、よくあるDX失敗のパターンを見てみましょう。とりあえずSaaSを導入した理由は様々です。ベンダーのデモが分かりやすかった、補助金が使えた、周囲の会社も導入していて不安になった。導入直後は「DXが進んでいる感」があります。

しかし数か月もすると、入力作業だけが増え、現場はExcelあるいは手書きに逆戻りし、データはあるが使われず、経営判断は相変わらず社長頼みという状態になります。結果として、DXは「導入した瞬間がピーク」になってしまうのです。

建設業C社の事例

建設業C社(従業員30名)は、現場管理の効率化を目指して、クラウド型の現場管理システムを導入しました。導入の決め手は、ベンダーのデモがわかりやすかったこと、同業他社が導入していたこと、IT導入補助金が使えたことでした。

しかし導入後3ヶ月の状況は惨憺たるものでした。現場監督は相変わらず手書きで工程表を作成し、システムへの入力は事務員の仕事になりました。「二重入力」が発生し、負担だけが増えました。社長は「なぜ使わないのか」と現場を責めました。

C社が見落としていたのは、工程の遅れは誰の、どの判断で生まれるのか、ベテラン管理者はなぜ遅延を防げるのか、システムに入れるべきは何のデータなのか、といった構造理解でした。つまり、「自社の強みが、どこで、どう価値に変わるのか」という価値創造ストーリーが設計されないまま、ツールだけが導入されたのです。

C社は一度立ち止まり、ベテラン管理者の判断を観察することから始めました。遅延が少ない現場と、遅延が多い現場を比較し、「何が違うのか」を洗い出しました。するとベテラン管理者は、「発注の2日前」「天候情報の確認」「下請けとの事前調整」など、判断を前倒ししていることが判明しました。

そこで判断のポイントを3項目に絞ったチェックリストを作り、若手でも使える形に標準化しました。そしてシステムを、単なる記録ではなく「判断のタイミングでアラートが出る」仕組みとして再設計しました。

結果、若手監督でも遅延リスクに早期に気づけるようになり、工程の遅れが30%減少しました。システムは「使わされるもの」から「判断を助けるもの」に変わりました。この事例が示すのは、「ツールより先に、ストーリーを設計する」ことの重要性です。

見落とされている工程とは

結論から言います。DXがうまくいかない会社が見落としている工程は、「価値創造ストーリーの設計」です。

価値創造ストーリーとは、自社の強み(知的資産)は何か、それがどの業務・どの判断で価値に変わるのか、どこがボトルネックなのか、どこを標準化・データ化すべきなのか、といった因果の整理のことです。この工程を見落としたまま、いきなりツールを導入してしまう。これがDX失敗の最も典型的な構図です。

では、なぜ価値創造ストーリーの設計は、これほど見落とされるのでしょうか。

第一に、業務を分解し、現場の判断を聞き出し、構造として整理する作業は、正直に言って面倒です。ツール選定やデモの方が、はるかに「分かりやすく」「進んでいる感」があります。第二に、価値創造ストーリーで扱うのは、判断力、段取り、気づき、経験則といった、KPIに落としにくい要素です。結果として、「後で考えよう」「とりあえずツールを入れよう」という判断が繰り返されます。第三に、DXが「ITの話」だと思われている限り、経営や業務設計の話は後回しになります。その結果、「DXなのに、経営が深く関与しない」という矛盾が生まれてしまうのです。

DX推進の現場でよく見られる誤解

DX推進の現場では、いくつかの誤解がよく見られます。

まず「データさえあれば、判断できる」という考え方です。データを集めれば、自動的に正しい判断ができるようになると期待してしまいますが、現実には、データは「材料」であり、「判断」ではありません。どのデータを、誰が、どのタイミングで見て、何を判断するのか。その設計がなければ、データは使われません。

次に「ツールが解決してくれる」という期待です。優れたシステムを入れれば、業務は自動的に効率化されると考えがちですが、ツールは「手段」であり、「目的」ではありません。何を解決したいのか、どの判断を標準化したいのか。その設計がない限り、ツールは「使いこなせないもの」になります。

そして「現場が使わないのは、現場のせい」という見方です。システムを使わないのは、現場のITリテラシーや協力姿勢の問題だと考えてしまいますが、実際には「使う理由」が設計されていないことが原因です。現場の判断や業務フローとシステムが噛み合っていない場合、使われないのは当然の結果なのです。

知的資産経営の視点で見ると

ここで、第1回で整理した知的資産経営の基本構造を再確認します。知的資産経営の基本構造は、知的資産(人的・構造・関係)があり、それが価値創造ストーリーを通じて、成果(売上・利益・継続)につながるというものです。

知的資産とは、社員の技術・ノウハウ、業務プロセス、顧客との関係性のことです。価値創造ストーリーとは、知的資産がどのように価値に変わるかの因果関係です。成果とは、実際の売上・利益・事業の継続性を指します。

DXで失敗している会社は、この構造で見ると、左側(知的資産)を整理せず、中央(価値創造ストーリー)を設計せず、いきなり右側(成果)を出そうとしている状態にあります。これは、地図を描かずにナビだけを買うようなものです。行き先がわからなければ、どれだけ高性能なナビを持っていても、目的地には着きません。

価値創造ストーリーを設計する「3つの問い」

では、価値創造ストーリーは、どう設計すればいいのでしょうか。ここでは、実務で使える「3つの問い」を紹介します。

まず「自社の強みは何か」を考えます。他社にはできないが、うちならできることは何か。ベテランと若手で、何が違うのか。顧客が「また頼みたい」と言う理由は何か。こうした視点から、「納期厳守率が高い」「クレームが少ない」「リピート率が高い」といった強みを洗い出します。

次に「それは、どこで価値に変わるのか」を問います。その強みは、どの業務プロセスで発揮されるのか。誰の、どの判断が結果を左右しているのか。その判断は、いつ行われているのか。たとえば「発注タイミングの判断」「段取りの事前準備」「顧客との事前調整」といった具体的な場面を特定していきます。

最後に「ボトルネックはどこか」を見極めます。属人化している判断はどこか。若手が困っているのはどこか。手戻りや遅延が起きるのはどこか。「材料の発注ミス」「段取りの抜け漏れ」「情報共有の遅れ」といったボトルネックを明らかにすることで、「何をデータ化すべきか」「どこを標準化すべきか」が見えてきます。

DXとは、価値創造ストーリーを「実装」する行為

DXとは、単なるIT導入ではありません。DXとは、価値創造ストーリーを、業務設計・判断ルール・データとして実装する行為です。知的資産経営が「言語化」で行おうとしていたことを、DXは「仕組み」として実現しようとします。この順序を間違えない限り、DXは特別なものではありません。

すでにツールを導入済みの場合は

「すでにSaaSやシステムを導入してしまったが、使われていない」という場合、どうすればいいのでしょうか。

まず一度立ち止まり、「なぜ導入したのか」「何を解決したかったのか」を再確認します。次に、導入済みのツールを前提にせず、まずは価値創造ストーリーを設計します。そしてストーリーに合わせて、ツールの使い方を再設計します。場合によっては、機能の一部だけを使う、Excelと併用する、といった柔軟な運用が現実的です。全社展開ではなく、まず1部署・1プロジェクトで「使える形」を作ります。

重要なのは、「失敗を認める勇気」と「小さく戻る柔軟性」です。

多くのDX失敗は、ITやツールの問題ではありません

多くのDX失敗は、ITやツールの問題ではありません。見落とされているのは、自社の知的資産が「どこで、どう価値に変わるのか」を整理する価値創造ストーリーの設計です。

価値創造ストーリーは、面倒で、時間がかかり、数字にしにくいため、ツール導入より後回しにされやすい傾向があります。しかし価値創造ストーリーは「3つの問い」で設計できます。DXとは、価値創造ストーリーを業務設計・判断ルール・データとして仕組み化する行為です。すでに導入済みのツールも、ストーリー設計をやり直すことで再生できます。

ここまで読んで、次のような疑問を持たれたかもしれません。「価値創造ストーリーの重要性はわかった。でも、判断力や段取りといった『数字にしにくいもの』を、どうやって可視化するのか?」

その答えが、原価管理にあります。次回(第3回)では、なぜ原価管理がDXの入口として有効なのか、そして「Excel原価管理」がどう価値創造ストーリーを可視化するのかを解説します。原価管理は「コスト削減」の道具ではありません。原価を通じて、判断力・段取り・気づきが数字で見えるようになります。Excel原価管理が、DXの最初の仮説検証ツールになる理由を解説します。