経営の答えは、教科書の中にこそある|マイケル・ポーター編(2)

――コストリーダーシップ戦略の、もっとも致命的な誤読

「コストで勝たないと、この業界では生き残れない」

経営の現場で、この言葉を何度聞いてきたか分かりません。
そして不思議なことに、その直後に語られる対策は、ほとんどの場合、同じ方向に向かいます。
値下げです。

もちろん、価格が重要でないと言うつもりはありません。
しかし、ここで一度立ち止まって整理しておく必要があります。
コストリーダーシップ戦略は、値下げの戦略ではありません。

これは解釈の問題ではなく、理論の話です。
マイケル・ポーターは40年以上前に、この点をすでに明確に切り分けています。
にもかかわらず、現場ではいまだに「コストで勝つ=安く売ること」だと理解されている。
問題は理論が難しいことではなく、読まれ方が雑だったことにあります。

ポーターが言っていたのは「安く売れ」ではない

コストリーダーシップ戦略とは、特定の業界において「低コスト生産者」としての地位を確立することを意味します。
ここで重要なのは、価格ではなく、コスト構造です。

競合他社よりも低いコスト構造を持っているからこそ、業界平均の価格で販売しても利益が残る。
必要な局面では、価格を下げることにも耐えられる。
この状態を指して、競争戦略上の「コスト優位」と呼びます。

逆に言えば、構造が変わっていないまま価格だけを下げる行為は、戦略ではありません。
それは、選択を伴わない対処療法にすぎません。

トヨタは「我慢して安くしている」のではない

この話題になると、必ずトヨタが引き合いに出されます。
ただし、そこで語られるトヨタ像は、多くの場合、努力論に寄りすぎています。

現場が優秀だから。
改善を続けているから。
ムダを省いているから。

それらは事実ではありますが、説明としては十分ではありません。
なぜなら、それは結果の話であって、原因の話ではないからです。

トヨタの本質は、低コストを目指して頑張っていることではありません。
低コストでしか成立しない活動の組み合わせを、最初から選んでいることにあります。

設計思想、部品点数の考え方、生産方式、サプライヤーとの関係、在庫の持ち方。
これらは単体で優れているのではなく、互いに矛盾しないように設計されています。

ポーターは、こうした全体の整合性を Activity System(活動の体系) と呼びました。
コスト優位は、個々の改善の積み重ねではなく、活動全体の設計から生まれる、という考え方です。


(トヨタ=コストリーダーシップ戦略、後述の建設業事例=コスト集中戦略)

中小企業が「安売り」に走ってしまう構造

一方で、多くの中小企業はどうか。
トヨタのような活動体系を持たないまま、「コストで勝つしかない」と考えます。

結果として起きるのは、価格を下げることで仕事を取り、利益が出ず、人件費を削り、現場が疲弊し、さらに価格を下げざるを得なくなる、という循環です。

これはコスト戦略ではありません。
構造を変えないまま選択を先送りし続けた結果としての消耗戦です。

建設業に見る「コスト優位」と「安売り」の決定的な違い

この違いは、建設業、とくに下請け中心の中小企業を見ると分かりやすく表れます。

建設業では、材料費はほぼ固定です。
下請けの立場では、実質的にコントロールできるのは人件費だけ、というケースも珍しくありません。

ここで多くの会社がやってしまうのが、「人件費を下げる=人を安く使う」という発想です。

しかし、これは単なる買い叩きであって、コスト優位ではありません。
賃金を下げれば人は定着せず、品質は下がり、結果として手戻りやクレーム対応が増える。
短期的には支出が減ったように見えても、長期的にはコストはむしろ上がります。

さらに、極端な人手不足の状況では、従業員の給与や外注先への支払いを、これ以上下げること自体が現実的にできません。
その結果、最後に削られるのは何かと言えば、経営者自身の時間と体力です。

自分が現場に出て穴を埋める。
休みを削って何とか回す。
それで一時的に帳尻が合ったとしても、疲弊が蓄積すれば、事業の継続性そのものが危うくなります。

これは努力の問題ではありません。
構造を変えられなかった企業が、最終的に自分自身を切り売りしている状態です。

構造から人件費を下げている会社は、何が違うのか

一方で、同じ建設業でも、構造から人件費を下げている会社があります。
たとえば、新築中心からリフォーム案件に特化した会社です。

新築工事は、前工程の遅れや外部要因に左右されやすく、現場には「待たされる時間」が大量に発生します。
この待ち時間は会計上は見えにくいものの、実質的には人件費の浪費です。

リフォームは違います。
納期が明確で、工程の裁量が大きい。
技能士の稼働率を高めやすく、空き時間を削減できる。

ここで行われているのは、賃金の切り下げではありません。
人のムダな時間を削るという、構造の選択です。

これは、特定のセグメント(リフォーム)に、特定の経営資源(技能士)を集中させた、典型的な コスト集中戦略(コストフォーカス) です。

規模や業界の問題ではない

ここまで整理すると、はっきりします。

コストリーダーシップ戦略は、大企業の専売特許ではありません。
製造業だけの話でもありません。

成立するかどうかを分けるのは、どの活動を選び、どの活動を捨てているかです。

業界も、規模も、関係ありません。
関係があるのは、構造だけです。

教科書は、ここまで書いてある

ポーターの理論が冷たいと言われる理由は単純です。
逃げ道がないからです。

構造を変えずに価格で勝とうとするな。
全部をやろうとするな。
選べ。捨てろ。

これは精神論ではありません。
因果関係の話です。

コストリーダーシップ戦略とは、価格競争に強くなることではありません。
価格を下げなくても、下げられてしまう構造を持つことです。

結びに代えて

もし今、「コストで勝つしかない」、「価格を下げないと仕事が取れない」と感じているなら、見直すべきは値段ではありません。

どの活動に集中し、どの活動をやめるのか。
そこにしか、答えはありません。

経営の答えは、やはり教科書の中にあります。
問題は、それを理想論として流すのか、自社の構造として引き受けるのか

分かれ道は、そこにあります。