第1回 食料システム法とは

「食料システム法」(正式名称:食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律)は、近年成立した法律の中でも、食品産業に関わる事業者にとって影響範囲の広い制度です。
もっとも、この法律については、「値上げを正当化するための法律なのではないか」「食品業界だけの話だろう」といった受け止め方も少なくありません。
本稿では、そうした評価や是非論はいったん脇に置き、なぜこの法律が必要とされたのか、そしてどのような考え方で制度が設計されているのかを、事実関係に即して整理します。まずは全体像を押さえることが目的です。
Contents
なぜ今、食料システム法なのか
この法律が制定された最大の理由は、日本の食料供給の仕組みが、これまでの延長線上では立ち行かなくなりつつある、という現実にあります。
最も分かりやすいのはコストの問題です。農業資材、食品原材料、エネルギー、包装資材、人件費。いずれも一時的な高騰ではなく、高止まりが常態化しています。従来の価格前提のままでは、供給を続けること自体が難しくなっている事業者も少なくありません。
しかし、問題はコストだけではありません。世界的な人口増加や気候変動、地政学的リスクの高まりにより、食料需給は不安定さを増しています。輸入に依存するだけではなく、国内の供給能力をどう維持するのかという「食料安全保障」の視点が、現実的な政策課題として浮上してきました。
国内に目を向ければ、人口減少と高齢化による人手不足も深刻です。食品産業は多品目・高頻度・高品質を求められる一方で、業務の標準化やデジタル化が進みにくく、労働集約的な構造を抱えてきました。これまで現場の努力で吸収されてきた無理が、限界に近づいています。
さらに、環境負荷への対応も避けて通れません。温室効果ガスの削減、食品ロスの削減、プラスチック資源循環などは、もはや「余裕があれば取り組む課題」ではなく、事業継続の前提条件になりつつあります。
こうした状況を背景に、令和6年には食料・農業・農村基本法が改正されました。そこでは、食料の価格形成にあたって、持続的な供給に要する合理的な費用を考慮すべきであるという考え方が明記されています。食料システム法は、この基本方針を具体的な制度として実装する役割を担っています。
食料システム法を支える2つの柱
食料システム法の特徴は、「規制」と「支援」を切り離さず、両方を同時に設計している点にあります。制度は大きく2つの柱から構成されています。
1つ目の柱:合理的な費用を考慮した価格形成(取引の適正化)
まず一つ目は、取引の考え方そのものに関わる部分です。
この法律は、特定の価格水準を定めたり、一律の値上げを命じたりするものではありません。そうではなく、持続的な供給に必要なコストについて、当事者間で説明し、協議することを前提にする点に主眼があります。
具体的には、供給側が原材料費や人件費などの上昇を理由に取引条件の協議を申し出た場合、買い手側は誠実に協議に応じることが求められます。また、返品条件や過剰な品質要求、短納期といった商慣習の見直しに関する提案があった場合にも、検討・協力する姿勢が求められます。
ここで重要なのは、「合意しなければならない」という義務ではなく、「協議から逃げない」ことが制度上の前提になった、という点です。協議の結果として合意に至るかどうかは別として、説明と対話を尽くすことが求められています。
また、米や野菜、飲用牛乳、豆腐・納豆といった品目については、客観的な目安としてのコスト指標を作成・公表する仕組みも用意されています。個々の企業の原価を公開させるものではなく、議論のたたき台となる共通言語を整えるためのものです。
制度の実効性を確保するため、国は取引実態の調査や指導・助言を行う体制も整えています。いわゆる「フードGメン」は、不当な据え置きや協議拒否が常態化していないかを確認するための専門的な役割を担います。
2つ目の柱:食品産業の持続的な発展(事業活動の促進)
もう一つの柱が、事業者の取り組みを後押しするための支援制度です。
価格形成の見直しだけでは、産業としての持続性は確保できません。そこで食料システム法では、食品事業者が生産性や付加価値を高めるための取り組みについて計画を策定し、国がそれを認定する制度が設けられました。
対象となるのは、農林漁業者との安定的な取引関係の構築、物流や品質管理の合理化、環境負荷の低減、そして消費者が持続可能な食品を選びやすくするための情報提供といった取り組みです。これらについて認定を受けた場合、長期・低利の融資や税制優遇、債務保証、研究開発設備の活用など、複数の支援策を組み合わせて利用することができます。
重要なのは、この柱が「努力目標」ではなく、投資や行動を前提にした実行支援として設計されている点です。取引の適正化と事業活動の高度化を同時に進めることで、サプライチェーン全体の持続性を高めようとしています。
ここまでを整理すると、食料システム法の構造は次のように整理できます。難しく見えますが、考え方自体はシンプルです。
| 視点 | 第1の柱:取引の適正化 | 第2の柱:事業活動の促進 |
|---|---|---|
| 役割 | 話し合いのルールを整える | 変わるための投資を支える |
| 中心施策 | 誠実な協議、コスト指標、実態把握 | 計画認定、融資、税制優遇 |
| 狙い | 無理が現場に押し込まれない | 産業として続く体質へ |
第1回のまとめと次回予告
食料システム法は、価格を一方的に縛るための法律ではありません。一方で、「これまで通りのやり方を前提にしてよい」という法律でもありません。
合理的な費用をどう説明し、どう協議するのか。そして、生産性や付加価値の向上にどのように取り組むのか。これらを制度として可視化し、後押しするのが本法の位置づけです。
次回は、こうした制度がどの業種・業態に、どのような形で影響してくるのかを、サプライチェーン全体の視点から整理します。「食品関連企業だけの話ではない」という点を、具体的に見ていく予定です。

中小企業診断士。経営改善計画策定・DX推進を専門とする経営コンサルタント。製造業や建設業を中心に、制度改正対応と利益改善を支援。制度改正を交渉力へ変える実務型支援を行っています。


