第3回 飲食店の発注はAIで変わる | 需要予測より難しい「発注管理」の設計

前回の記事では、飲食店の需要予測に使われるデータについて整理しました。POSデータ、曜日、祝日、天候、給料日といったデータを使うことで、売上や来客数をある程度予測することができますし、最近ではAIや機械学習を使った需要予測サービスも増えてきており、「売上予測」は以前よりもずっと身近なものになりました。
しかし、ここで一つ大事な問題があります。売上が予測できても、それだけでは発注量は決まらないということです。
例えば、ある日の来客数が100人と予測できたとしましょう。それだけでは、何をどれだけ仕入れればいいのかは分かりません。理由はシンプルで、飲食店の発注は「売上」ではなく「食材」で行われるからです。売上予測から商品販売数を割り出し、そこから食材消費量を計算し、最終的に発注量を決める。この変換の仕組みがなければ、需要予測はどれだけ精度が高くても実務には役立ちません。
今回は、飲食店DXの中でも意外と手ごわい「発注管理の設計」について考えてみたいと思います。需要予測そのものよりも、むしろその後の仕組みづくりの方が難しいという話です。
Contents
売上と食材をつなぐ「レシピマスタ」
飲食店の売上データは通常「商品単位」で管理されています。POSデータに記録されているのは、ビール、ハイボール、串カツ盛り合わせ、ポテトフライといったメニュー名と数量です。お客様が何を注文したかという情報ですから、これは当然のことです。
ところが、発注は「商品」ではなく「食材」で行われます。串カツ盛り合わせという商品を1食作るためには、豚肉50g、玉ねぎ30g、パン粉20g、油10gといった食材が必要になります。売上データには「串カツ盛り合わせ」としか書かれていませんが、発注先に「串カツ盛り合わせを100食分ください」と注文する店はありません。仕入れるのはあくまで豚肉であり、玉ねぎであり、パン粉です。
つまり「商品→食材」という変換をしなければ、発注量を計算することができません。この変換の仕組みを作るために必要になるのが「レシピマスタ」と呼ばれるデータです。
レシピマスタとは、ある商品を1食作るのに必要な食材とその分量を定義したデータのことです。先ほどの串カツ盛り合わせであれば、豚肉50g、玉ねぎ30g、パン粉20g、油10gという情報がレシピマスタに入ります。このデータがあれば、「串カツ盛り合わせが100食売れる」と予測されたときに、豚肉5kg、玉ねぎ3kg、パン粉2kgといった食材消費量を自動的に計算できるようになります。
需要予測はあくまで「商品販売数」を予測するものです。その予測結果を「食材消費量」に変換するには、レシピマスタが欠かせません。逆に言えば、レシピマスタが整備されていなければ、需要予測の結果をどう発注に活かすのかが分からないまま終わってしまいます。
このレシピマスタの整備は、言うほど簡単ではありません。飲食店のメニューは数十種類、場合によっては百種類を超えることもあり、それぞれの商品について使用食材と分量を定義していく必要があります。さらに季節メニューや日替わりメニューがある場合には、レシピマスタも定期的に更新しなければなりません。地味で手間のかかる作業ですが、発注管理の精度はこのレシピマスタの質にかかっているといっても過言ではありません。
在庫管理が難しい理由
レシピマスタがあれば食材消費量は計算できます。しかし、それだけで発注量が決まるわけではありません。もう一つの要素として在庫管理が関わってきます。
発注量の基本的な考え方は「必要量−在庫量=発注量」です。明日必要な豚肉が5kgだとしても、冷蔵庫にすでに3kgの在庫があれば、追加で発注するのは2kgで足ります。至ってシンプルな引き算ですが、飲食店の現場ではこの在庫管理が非常に厄介な問題になります。
その第一の理由は、食材の消費量が完全には正確ではないことです。レシピ上では豚肉50gと定義されていても、実際の調理現場では多少のばらつきが出ます。料理人によって盛り付ける量が微妙に違うこともありますし、仕込みの過程で切り落としや端材が出ることもあります。つまりレシピマスタの数値はあくまで「理論値」であって、現場の実際の消費量とは完全には一致しないのです。
第二の理由は、廃棄の存在です。仕入れた食材がすべて売上につながるわけではありません。賞味期限が切れて廃棄されるものもありますし、仕込みの段階で品質が基準に達しないものが出ることもあります。さらに、お客様への提供後に残ったものが廃棄になることもあります。こうした廃棄分は売上データには現れませんから、理論上の消費量と実際の消費量には必ず差が生まれます。
この「理論値と実績値のズレ」をどう扱うかは、発注管理システムの設計において避けて通れないポイントです。ズレの幅が大きければ、せっかく需要予測をしても、発注量の精度が上がらないことになります。かといってこのズレを完全になくすことは現実的ではありません。どの程度の誤差を許容し、どこで補正するかという設計判断が求められます。
実務的なアプローチとしては、定期的に棚卸しを行い、理論在庫と実在庫の差を把握して補正するという方法が一般的です。棚卸しの頻度をどう設定するか、ズレが大きい食材をどう特定するかといった運用ルールも含めて、在庫管理の仕組みを考える必要があります。
発注ロットと安全在庫という現実の制約
在庫を踏まえた理論上の発注量が算出できたとしても、そのまま発注できるとは限りません。現実の発注にはさらに二つの制約が加わります。
一つは「発注ロット」です。飲食店は食材を1g単位で注文できるわけではなく、多くの場合、食材には発注単位があります。豚肉であれば1kg単位、パン粉であれば1袋単位、玉ねぎであれば1ケース単位といった形です。そのため、理論上の必要量が2.3kgだったとしても、実際の発注は3kgになるということが起こります。
この発注ロットの制約は、見た目以上に管理を複雑にします。端数が出るたびに余剰在庫が発生し、それが翌日以降の在庫計算に影響します。さらにロット単位は仕入先によって異なることもあり、同じ食材でも仕入先を変えればロットが変わるということもあります。発注管理の仕組みを設計する際には、この発注ロットを無視するわけにはいきません。
もう一つの制約は「安全在庫」の概念です。需要予測はあくまで予測ですから、必ず誤差があります。来客数が100人と予測されていても、実際には120人になることもあれば、80人で終わることもあります。もし在庫をぎりぎりの量にしていた場合、予測を上回る来客があったときに売り切れが発生してしまいます。
飲食店にとって売り切れは大きな機会損失です。お客様が注文したいメニューが提供できなければ、その場の売上を失うだけでなく、お客様の満足度にも影響します。そのため多くの店舗では、予測とは別に「安全在庫」を確保しています。安全在庫とは、予測のブレに備えてあらかじめ上乗せしておく在庫のことです。
発注量の計算式を整理すると、「必要量+安全在庫−現在在庫=発注量」という形になり、さらにこれを発注ロットに合わせて切り上げるという手順になります。
安全在庫をどの水準に設定するかは、店舗の経営方針によって変わります。廃棄コストを抑えたい店舗であれば安全在庫を低めに設定するでしょうし、売り切れを絶対に避けたい店舗であれば高めに設定するでしょう。どちらが正解ということはなく、廃棄リスクと売り切れリスクのバランスを経営判断として決める必要があります。この設定は一律に決められるものではなく、食材ごとに考えることも多いです。例えば、賞味期限が短くて廃棄リスクの高い食材は安全在庫を控えめにし、日持ちのする食材は余裕をもって確保しておくといった使い分けが実務では行われています。
発注管理の全体構造とDXの本質
ここまでの内容を整理してみましょう。飲食店の発注管理は、次のような一連の流れで成り立っています。
まず売上予測から商品ごとの販売数を予測し、レシピマスタを使ってそれを食材消費量に変換します。次に在庫を確認し、安全在庫を加味した上で理論的な必要量を算出します。最後にそれを発注ロットに合わせて調整し、実際の発注量を確定させます。
こうして見ると、需要予測は発注管理全体の入口にすぎないことが分かります。むしろ実務の複雑さは、レシピマスタの整備、在庫管理のルール設計、発注ロットの調整、安全在庫の設定といった「予測の後」の部分に集中しています。
この構造は、DXを考える上で示唆に富んでいます。最近はAIやデータ分析の話題が注目を集めていますが、実際のDXにおいて最も大切なのは、業務の構造を整理することです。AIはあくまで「予測」を行うツールであり、業務を動かしているのはデータの構造や業務の仕組みそのものです。
商品と食材の関係が定義されていなければ、予測結果を食材消費量に変換できません。在庫管理のルールが曖昧であれば、発注量の精度は上がりません。発注ロットの制約を仕組みに組み込んでいなければ、計算上は合っていても現場では使えないシステムになってしまいます。どれだけ精度の高いAIを導入しても、その土台となる業務ルールが整理されていなければ、実務には活かせないのです。
これは飲食店に限った話ではありません。製造業でも小売業でも、DXの本質は新しいツールの導入そのものではなく、業務プロセスの構造を見直し、データとルールを整備することにあります。システム導入の前に、まず業務の構造を整理する。その順番を間違えると、高価なシステムを入れたのに現場では使われないという事態に陥りがちです。
次回:Excelで発注管理システムを作ってみる
今回の記事では、飲食店の発注管理が需要予測だけでは完結しないこと、そしてレシピマスタ、在庫管理、安全在庫、発注ロットといった要素が複合的に絡み合っていることを整理しました。
こうした仕組みは、必ずしも大規模なシステムがなければ作れないというものではありません。個店レベルであれば、Excelでも十分に発注管理の仕組みを構築することができます。
次回の記事では、実際に飲食店向けの発注管理システムをExcelで作ってみたいと思います。GitHubでExcelファイルも公開する予定ですので、興味のある方はぜひ試してみてください。

中小企業診断士。経営改善計画策定・DX推進を専門とする経営コンサルタント。製造業や建設業を中心に、制度改正対応と利益改善を支援。制度改正を交渉力へ変える実務型支援を行っています。


