第4回 事業承継ガイドラインが語らないこと|事業承継のM&A、まず公的機関へ相談してください

「突然のご連絡で大変失礼いたします。〇〇と申します。御社のことを以前から存じ上げておりまして、一度ぜひお話を聞かせていただければと思いご連絡しました」
ある日突然、見知らぬ番号から電話がかかってきます。相手はM&A仲介会社の営業担当者です。最初は丁寧な挨拶から始まり、話が進むにつれて「実は事業承継のことで、同業他社の経営者様からご相談をいただくことが増えておりまして」「業界の状況を拝見しておりますと、今が一番タイミングとしていいかもしれないと感じておりまして」「まずは無料で企業価値の概算だけでも試算させていただけませんか」と、気がつけばM&Aの話に誘導されていきます。
高圧的でも不自然でもなく、むしろ親切で誠実そうな語り口です。後継者不在に悩む中小企業の経営者にとって、「プロが無料で相談に乗ってくれる」というのは確かに魅力的に聞こえます。しかし、その流れに乗る前に、ぜひ立ち止まって読んでほしい記事があります。それがこの記事です。
M&A仲介会社への営業電話が急増する一方、中小企業庁や経産省が繰り返し注意喚起をするほど、トラブルも増加しています。本記事では、実際に起きたトラブル事例と構造的な問題を解説したうえで、「まず公的機関へ相談する」ことを強くお勧めする理由をお伝えします。
Contents
なぜ今、M&A営業電話が急増しているのか
中小企業の事業承継問題は、日本社会が抱える構造的な課題です。帝国データバンクの調査によれば、中小企業経営者の約半数が「後継者未定」の状態にあり、このまま放置すれば廃業・解散せざるを得ない企業が大量に生まれると指摘されています。
こうした背景のなか急成長したのが、M&Aによる「第三者承継」です。親族でも従業員でもない、まったく外部の第三者に会社を譲渡するこの手法は、一昔前には大企業だけのものでした。しかし近年は中小企業でも一般化し、それに伴いM&A仲介ビジネスも急拡大しました。仲介会社のビジネスモデルはシンプルです。売り手と買い手をマッチングし、成約すれば成功報酬を受け取る。参入障壁が比較的低く、成約一件で数百万円から数千万円の報酬が入る構造のため、多くの企業が市場に参入し、中小企業経営者への積極的なアプローチが続いています。
ここで一つ、知っておいていただきたい事実があります。M&A仲介業には現在、免許も資格も不要です。金融機関のように厳格な規制を受けるわけでもなく、「誰でも開業できる」側面があります。2024年以降、国の登録制度が整備されてきましたが、登録は「安全の保証」ではありません。実際に2025年1月、登録事業者に対して制度創設以来初めての「登録取消し」処分が行われました。「登録事業者だから安心」という判断は、残念ながら通用しないのが現状です。
実際に起きたトラブルの実態
「そんな話、自分には関係ない」と思われるかもしれません。しかし中小企業庁の注意喚起資料・裁判例・報道等を整理すると、トラブルはいくつかの典型的なパターンに収斂します。
まず、両手取引による利益相反の問題です。東京地裁で実際に争われた裁判例があります。仲介会社が売り手・買い手の双方と成功報酬契約を締結していた案件で、買い手側が「重要情報を秘匿された」「調査が怠慢だった」として損害賠償を請求しました。この案件では売り手2,160万円・買い手1,080万円、合計3,240万円の成功報酬が支払われており、さらに解決金として3,000万円が絡む大きな紛争になりました。裁判所は最終的に請求を棄却しましたが、「両手取引」という構造そのものが利益相反を生みやすいことは、この事例が端的に示しています。売り手は「高く売りたい」、買い手は「安く買いたい」。その対立する利益を一社が同時に扱うことのリスクは、一度冷静に考えてみる価値があります。
次に、報酬算定を巡るトラブルです。M&A業界では「レーマン方式」という成功報酬の計算方法がよく使われます。ところがこの「レーマン方式」、何を算定基礎にするかによって、同じ料率でも最終的な報酬額が大きく変わります。2020年の東京地裁判決では、「総資産レーマン方式」か「純資産レーマン方式」かが争点となり、未払報酬として約5,200万円が請求される一方、反訴として約3.5億円が請求される事態になりました。「5%と言っていた」という記憶と、実際に請求された金額が大きくかけ離れる。その背景には、料率だけ説明されて「何に対しての5%なのか」という算定基礎の確認が不十分なまま契約が進んでしまう実情があります。
関連して、最低成功報酬(ミニマムフィー)の問題も中小企業庁が公式に注意喚起している類型です。売り手経営者が「成功報酬は売却代金の5%と聞いていた」と理解していたところ、契約書に記載されていた最低成功報酬条項が適用され、想定よりはるかに高額な請求が来たというケースです。特に売却価格が小さい案件ほど影響が大きく、たとえば売却価格2,000万円の案件に「最低成功報酬1,000万円」が設定されていれば、実質的な手数料率は50%になります。
「成功報酬は売却代金の5%と聞いていたが、最低報酬金額が適用され、聞いていた金額よりも高い手数料が発生した」
(中小企業庁・登録M&A支援機関のトラブル事例より)
そして最も深刻なのが、クロージング後の「悪質買い手」によるトラブルです。中小企業庁の2024年8月公表資料に掲載された事例では、株式譲渡後に買い手が経営者保証の解除をしないまま会社の現預金を引き出し、必要な運転資金の送金もなく売り手企業が倒産、旧経営者は連帯保証人のまま残されて個人破産に至りました。仲介会社を通じた正規のM&A手続きを経た案件であっても、こうした事態が起きているのが現実です。
ある報道事例では、売り手が「信頼性がある会社」と仲介会社から説明を受けて全株式を500万円で売却したところ、譲渡後わずか1か月で2,884万円が買い手口座へ移替され、連帯保証は解除されないまま会社は倒産、売り手には約3億円の債務が残りました。別の報道では、同様の手口で10社以上の仲介会社を通じて30社以上を"買収"した悪質な買い手の存在も示唆されており、単発の問題ではなく仕組みとして繰り返し成立していた可能性が指摘されています。
冒頭で触れた2025年1月の初の登録取消し処分も、この流れの延長線上にあります。対象となった仲介事業者は「資金力に疑義があり、仲介するには不適切な事業者であることを認識しながら、売り手に紹介しM&Aを成立させた」とされました。問題を「知っていながら」成約を優先させたと、公的に認定されたのです。
なぜこうした問題が繰り返されるのか
個別の事例の背景にあるのは、M&A仲介ビジネスの構造的な問題です。最大の要因は報酬構造にあります。多くの仲介会社は成功報酬型で、成約しなければ報酬はゼロです。つまり仲介会社にとって「とにかく成約させること」が利益最大化の行動原理になります。「この買い手は少し気になるが…」「もう少し時間をかけるべきかもしれないが…」という場面でも、成約を優先させるインセンティブが常に働いています。
さらに、売り手・買い手双方から報酬を受け取る「両手取引」が常態化していることも問題を複雑にします。「中立な立場でアドバイスします」と言いながら、双方の利益を同時に最大化することは原理的に不可能です。情報の出し方、タイミング、価格交渉の進め方、あらゆる局面で「誰に有利な判断をするか」という問題が生じます。
また、M&A仲介業は参入障壁が低く、担当者の専門性にも大きなばらつきがあります。会社法・税務・労務・業界知識が不十分なまま案件を扱うケースも存在し、「善意の見落とし」が後になって深刻な問題を引き起こすことがあります。「認定経営革新等支援機関」「国の登録M&A支援機関」といった肩書きは、一見すると公的な信頼の証のように見えます。しかし認定・登録のハードルは一般に想像されるほど高くなく、それ自体が実力や誠実さの保証にはなりません。
まず、公的機関に相談してください
ここまで読んで「M&Aなんてできない」と思う必要はありません。M&A自体は、後継者不在問題を解決する有効な手段のひとつです。問題は、誰に、どんな順番で相談するかです。
最初に行くべきは、全国の都道府県に設置されている「事業承継・引継ぎ支援センター」です。国(中小企業庁)が設置を推進する公的相談窓口で、相談は無料、立場は中立です。民間仲介と本質的に異なるのは「成約させること自体が目的ではない」という点です。事業をどう残すか、従業員をどう守るか、地域にどう貢献するかを軸に相談に乗ってくれます。弁護士・税理士・中小企業診断士などの専門家紹介や、補助金・融資制度の案内も行っています。「まだ具体的に売りたいわけではないけれど、選択肢を整理したい」という段階から気軽に相談できます。
すでに民間仲介会社と接触している場合でも、センターへのセカンドオピニオン相談は有効です。契約内容や提示された条件が適切かどうか、中立な立場で確認してもらえます。中小企業庁の注意喚起資料にも「違和感があれば、センターへ相談を」という案内が明記されています。
センターのほかにも、頼れる専門家はいます。顧問税理士・公認会計士は企業価値の評価や税務設計の確認に強く、弁護士は契約書のリスク分析やトラブル対応に不可欠です。中小企業診断士は経営全般を俯瞰し、売却前の「磨き上げ」から経営統合のサポートまで伴走してくれます。商工会議所や商工会、地域金融機関も、地域に根ざした買い手候補を探すうえで強い味方になります。一社の言葉だけに依存せず、複数の専門家の意見を聞くことが、最大のリスクヘッジになります。
民間仲介を使う場合に最低限確認すべきこと
公的機関に相談したうえで、民間のM&A仲介会社を利用することになった場合でも、いくつかの点は必ず自分で確認してください。
まず報酬の問題です。「5%」という数字だけ聞いて安心するのは危険です。その5%が株式価値に対してなのか、総資産に対してなのか、負債を控除するのかしないのかによって、実際の支払額は大きく変わります。さらに最低成功報酬(ミニマムフィー)の有無と金額も、必ず書面で確認してください。小規模な案件ほど実質的な負担率が跳ね上がることがあります。また、仲介会社が売り手・買い手の双方から報酬を受け取る「両手取引」かどうかも確認が必要です。
買い手の信用調査についても、仲介会社がどこまでやってくれるかを契約上の役務として明確にしておくことが重要です。「紹介するだけで、その先は自己責任」という構造のまま進むと、悪質な買い手が紛れ込むリスクを自分で抱えることになります。
交渉が進む段階では、経営者保証の解除をクロージングの条件にすることを強く推奨します。「後でやります」「手続き中です」という言葉のまま株式を渡してしまうと、最悪の場合、倒産・個人破産という事態に直結します。保証が解除されない限り支配権を渡さないと、契約書に明記することが重要です。
⚠️ こんな言葉が出たら一度立ち止まる
「今がまさに売り時です、来年は市場が変わります」「この買い手は他の案件も検討しているので急いでください」「基本合意書だけでいいので、まず押さえましょう」――こうした言葉で急かしてくる仲介会社には特に注意が必要です。仲介会社が急ぐのは、あなたのためではなく、その会社の四半期ノルマのためかもしれません。一生に一度の経営判断を、他人のスケジュールで決める必要はありません。
売る前にできること:会社の「磨き上げ」
M&Aに向けて今すぐできることは、「誰に声をかけるか」ではなく「自社の価値を高めること」です。買い手が評価するのは、月次決算がきちんと締まっているか、特定の顧客や担当者への依存が低いか、社長がいなくても組織が回るか、取引先・従業員・不動産の契約が整理されているか、といった点です。これらは「M&Aのため」だけでなく、会社を長く健全に続けるための経営改善そのものでもあります。こうした「磨き上げ」のサポートも、中小企業診断士の得意とするところです。
なお、「事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用枠)」では、M&Aに関わる専門家費用や仲介手数料の一部が補助対象となります。補助率や上限額は年度によって変わるため、最新情報は事業承継・引継ぎ支援センターや中小企業庁のウェブサイトで確認してください。補助金の情報も、民間仲介会社より公的機関のほうが中立かつ正確です。
M&Aとは事業を未来に託すこと
M&Aは「会社を売ること」ではなく、「事業を未来に渡すこと」です。30年・40年かけて育てた会社を、本当に大切にしてくれる相手に、適正な条件で引き継ぐために――まず相談する相手を間違えないでください。
営業電話がかかってきたとき、最初にすべきことはシンプルです。その電話にすぐ応じるのではなく、まず事業承継・引継ぎ支援センターに連絡する。それだけで、多くのトラブルを未然に防ぐことができます。民間仲介会社に「先に声をかけなければならない」理由はどこにもありません。
焦らせる相手からは距離を置く。複数の専門家の意見を聞く。公的窓口を最初の入口にする。この三つを守るだけで、あなたと従業員の未来は大きく変わります。
📞 公的相談窓口のご案内
事業承継・引継ぎ支援センター(全国47都道府県)
中小企業庁が設置を推進する無料相談窓口です。各都道府県の中小企業支援センターや商工会議所などに設置されています。各都道府県の窓口は「事業承継・引継ぎ支援センター」で検索してください。
中小企業庁 登録M&A支援機関 情報提供窓口
登録事業者に関するトラブルや不適切な行為についての情報提供窓口が設置されています(紛争解決が目的ではありませんが、行政対応の参考として活用されます)。
※本記事は、中小企業庁の注意喚起資料(2024年5月・8月)、経産省大臣会見記録(2025年1月24日)、裁判例解説(東京地裁判決)、報道等の公開情報をもとに作成しています。個別案件の法的判断については専門家にご相談ください。

中小企業診断士。経営改善計画策定・DX推進を専門とする経営コンサルタント。製造業や建設業を中心に、制度改正対応と利益改善を支援。制度改正を交渉力へ変える実務型支援を行っています。


