第5回 事業承継ガイドラインが語らないこと|古参幹部が新社長を潰すとき──"辞めさせる"前にやるべきガバナンス設計

本シリーズ「事業承継ガイドラインが語らないこと」は、公的ガイドラインの要点を踏まえつつ、現場で実際に起きる"想定外"――権力構造、空気、感情、運用のズレ――に焦点を当てる実務編です。違法な追い出しや個別の法的助言は扱いません。代わりに、「退き方の設計」「意思決定回路の再設計」という、揉めずに前に進むための構造設計を提示します。
Contents
「古参幹部が邪魔」という本音の危険さ
事業承継の相談で、一定の確率で出てくる本音があります。「古参幹部が、新社長の意思決定を潰す」という言葉です。
ただ、この言葉は扱いを間違えると危険です。"古参=悪"の感情論に落ちた瞬間に、組織は分裂し、退職・訴訟・取引先離脱まで連鎖しかねません。それでも、このテーマを避けるべきではありません。事業承継ガイドラインが繰り返し強調する「計画的な準備」「関係者調整」を、現場で一番壊すのは、往々にして非公式な権力だからです。
結論を先に言います。問題の本質は「性格」ではなく権力の配置にあります。打ち手の中心は「解雇」ではなく意思決定回路の設計であり、最後に残るのが先代にしかできない退き方の演出――いわば先代の最後の仕事です。この記事は、古参幹部問題をガバナンス設計の問題として解説し、明日から使えるチェックリストに落とします。個別の解雇・処分の助言はしません。そこは必ず専門家に委ねてください。
抵抗は悪意ではなく、合理性から生まれる
古参幹部が新社長を阻害する現象は、経営学の文脈では"よくある"類型として整理されています。感情の問題に見えても、構造として理解すると打ち手が見えてきます。
まず押さえておきたいのは、組織慣性という概念です。組織は安定した成果を出すために構造を固定化します。その固定化は、古い組織ほど強くなる。組織生態学の古典的な議論が指摘するように、慣性は怠惰から生まれるのではなく、変化に対する防衛として機能します。古参幹部から見れば、新社長の改革は「会社を壊す」行為に映ります。抵抗は悪意というより、生存戦略として合理的に起きるのです。
さらに問題を複雑にするのが、エージェンシー理論が示す構造です。変革が成功すれば新社長の手柄になり、自分の存在価値が下がる。失敗すれば責任を問われ、地位が危うくなる。"成功しても損、失敗したらもっと損"という構造が生まれると、表向き賛成しながら裏で止めるのが合理的になってしまいます。
加えて、多くの中小企業では権力の源泉は肩書よりも情報の経路にあります。「先方はこう言ってます」「現場は反対してます」「昔それで失敗しました」――この"翻訳"ができる人が実質的に会社を動かします。新社長が最初に潰されるのは、決裁権を奪われるよりも先に、情報を遮断・歪曲されることから始まります。
こうした現象が日本の中小企業で特に起きやすいのは、社長個人への依存、長期雇用と功労者文化の組み合わせ、同族企業特有の株主・取締役・現場の境界の曖昧さ、そして役割と権限が言語化されていないという構造要因が重なるからです。決裁規程が存在しない、あるいは形骸化している会社では、会議はいつの間にか"儀式"になり、根回しで決まるものが決まり、公式の場では何も決まらない状態が続きます。結果として、新社長が就任しても実態はこうなります。名刺は社長。だが、意思決定回路は旧体制のまま。これが"承継が終わらない"状態の正体です。
現場で繰り返される三つのパターン
実務で見てきた典型的な事例を、学べる形に再構成して紹介します。
一つ目は、古参役員が「デジタル化」を止めるパターンです。老舗のBtoB企業で業務の属人化が限界に達し、新社長が管理・原価・在庫の見える化に踏み出したとします。すると古参役員は「うちはITに向かない」「現場が混乱する」「その前に営業が先だ」と言い続けます。表では会社のためを語っているように見えますが、実態はデジタル化が進むほど属人性が減り、自分の支配力が失われることへの恐怖です。止める理由は、いつも正論の形をしている。改革が止まる原因は能力不足ではなく、権力の源泉が奪われることへの防衛反応であることを理解しておく必要があります。
二つ目は、会議体が乗っ取られるパターンです。新社長が意思決定の透明化のために会議体を整備しても、古参幹部が議題設定を握ると、重要な論点は「時間切れ」にされ、決めたい案件は「情報不足」で持ち越しになり、決められない空気が常態化します。結果として、新社長が決められない人に見えてしまう。そして「やっぱり先代のほうが良かった」という声が社内に流れ始めます。会議は話し合いの場ではなく、意思決定を起こす装置です。議題設定を握られると、その装置ごと制圧されます。
三つ目は、取引先・金融機関との窓口が古参のままになるパターンです。先代が築いた信用の回路が、古参幹部の人脈に紐づいている。新社長が直接話そうとすると「それは私がやります」「先方は昔から私と話してる」「今は刺激しないほうがいい」と遮られます。社外窓口を握られると、新社長は永遠に"仮社長"のままです。
「残すべき古参」と「退かせるべき古参」
古参は切ればいい、という話ではありません。残すべき人は残す。ここが判断の前提です。
次の経営に資する古参というのは、顧客・現場・金融の知見を独占せず共有できる人であり、新社長の決定に対して反対意見は言うが決まったら支える人です。後継者を育てる側に回れる、つまり主役に戻ろうとしない人であり、自分の地位ではなく会社の成功を誇りとして語れる人です。こうした古参は、承継の最大の資産になります。
一方で承継を壊す古参は、行動のパターンで識別できます。情報を握って歪める・出さない、決定後も実行を遅らせる静かなサボタージュ、社内に派閥を作って不満を流通させる、「先代の威光」を自分の権力に変換する、そして新社長の失敗を待つ構造にいる――。成功しても損、失敗すれば自分の価値が上がるという状況に置かれた人は、無意識にそう動きます。判断軸は人格ではなく、行動の再現性です。
"辞めさせる"前にできること、やるべきこと
ここが今回の核心です。
最初にやるべきは、意思決定回路の見える化です。重要決裁(投資・採用・値決め・与信・取引停止)を一覧化し、誰が起案し、誰が情報を持ち、誰が決め、誰が実行するかを書き出します。ここで描くのは規程ではなく実態です。この作業だけで、古参が支配しているのは役職ではなく経路だということが可視化されます。問題が見えた段階で、解決の半分は終わっています。
次に、会議体と決裁権限を再設計します。会議は「報告会」と「意思決定会」を分け、議題は事前提出・フォーマット統一を徹底する。決裁者を明確化し、会議で決める事項を限定することで、"決まらない会議"を制度的に発生させない仕組みを作ります。新社長が握るべきはマイクではなく、議題設定と決裁の手順です。
そのうえで取り組むのが、役割の再定義です。"辞めさせる"ではなく"任務を切り出す"という発想です。対外窓口は同行→紹介→単独訪問の順で段階移管し、顧問化する場合は助言の範囲を明確化して決裁に関与させない形にします。「次の社長を支える」ことを明示的な任務として設定し、協働・引継ぎ・育成を評価に組み込む。「権限を奪う」ではなく「責任範囲を再定義する」というアプローチが、最も揉めません。名誉を残し、権力を移す。これが現実的な着地です。
そして最後の、そして最も重要なステップが、先代による退き方の演出です。先代が新体制の正統性を社内外に宣言し、古参幹部に感謝と卒業の花道を用意し、「権力移行は完了した」という合図を社内に出す。会議体・決裁・席順・発信の主語、すべてを新体制に切り替えるのは、先代が動かなければ起きません。ここを先代がやらないと、古参幹部はいつまでも先代の影として残り続けます。
承継における先代の最後の仕事は、事業計画の策定ではなく、権力移行の演出である。
なお、どうしても退いてもらう局面では、一点だけ明確にしておきます。違法・脱法の追い出しは、ほぼ確実に火を噴きます。解雇は客観的合理性と社会通念上の相当性の両方が求められ、濫用は無効になり得ます(労働契約法16条)。感情的に追い出した結果、訴訟・未払い賃金・社内分裂まで連鎖した事例は珍しくありません。まず設計で解く。それでも解けない場合のみ、専門家と手続きを踏む。"辞めさせる"は最終手段であり、その勝ち筋も設計で作っておくものです。
よくある反論に答えておく
「古参を切ると現場が回らない」「知識が失われる」「後継者が未熟なだけでは」「訴訟リスクが怖い」――これらはどれも正しい懸念です。だからこそ、打ち手の方向はこうなります。知識は残す(文書化・仕組み化・顧問化)。権力は移す(決裁・議題・情報経路)。後継者は育てる(小さな決定から大きな決定へ)。法務は踏む(手続きと記録)。「人を切る」ではなく、知識と権力を分離する。それが唯一、現実的なアプローチです。
明日から使えるチェックリスト
最後に、立場別のチェック項目を整理しておきます。
先代へ。新社長の最終決裁事項を社内に宣言しましたか。主要取引先・金融機関に、新社長を主語にして紹介しましたか。古参幹部に「感謝と役割変更」を自分の言葉で伝えましたか。会議体・決裁・席順・発信の主語を新体制に切り替えましたか。
後継者へ。決める会議と報告会議を分けましたか。議題提出と必要情報のフォーマットを統一しましたか。「誰が情報を握っているか」を可視化しましたか。取引先・金融機関の窓口移管を計画しましたか。古参の正論に負けず、決定後の実行を自分が握れていますか。
支援者(金融機関・士業・支援機関)へ。「人間関係」ではなく「決裁権限・会議体」を確認しましたか。月次で"決めたこと"が実行されているかをモニタリングしていますか。新社長単独で説明できる場を作りましたか。古参幹部が情報を独占していないかチェックしましたか。違法な追い出しが起きないよう、地雷を止める役割を果たしていますか。
社内で古参幹部問題を話し合うとき、感情や人格の話に落ちると必ず揉めます。論点を構造に固定することが鉄則です。「この会社の最終決裁は今どこにありますか」「議題は誰が決めていますか」「悪いニュースはどこで止まりますか」「取引先は誰の会社だと認識していますか」「古参の役割は3年後どうなっているのが理想ですか」――これらは攻撃の言葉ではなく、設計の問いです。答えを出すことが、そのまま承継の設計図になります。
承継の失敗は、感情ではなく設計ミスで起きる
第1回の「見えない資産」、第3回の「後継者育成」、第4回の「相談先を間違えるな」と積み上げてきたこのシリーズで、今回伝えたかったのは一点です。承継の失敗は、悪い人がいるから起きるのではなく、意思決定の回路が設計されていないから起きる。
古参幹部問題は、人の問題である前に構造の問題です。構造を設計し直せば、多くの場合は解決できます。そして最後の鍵を握るのは、いつも先代です。権力の移行を演出できるのは、権力を持っている人だけです。先代が最後に何をするか。そこが承継の成否を分けます。
次回は、金融機関が実は見ているのは「後継者」ではなく「社内の決め方」だという話を扱います。
本シリーズは「事業承継ガイドライン(中小企業庁)」の内容を踏まえつつ、現場の実務的観点から補足・考察を加えたものです。個別の法的・税務的助言は含みません。具体的な判断は、弁護士・税理士・中小企業診断士等の専門家にご相談ください。

中小企業診断士。経営改善計画策定・DX推進を専門とする経営コンサルタント。製造業や建設業を中心に、制度改正対応と利益改善を支援。制度改正を交渉力へ変える実務型支援を行っています。


