評価制度を変えても人は育たない理由――人材育成の本質は「制度」ではなく「拡張」にある

人が育たないと感じていませんか。

評価制度を見直し、等級を整理し、目標管理を導入する。場合によっては外部講師を招いてリーダー研修まで実施する。それだけのことをしても、組織の活力が思うように上がらない。若手は数年で辞め、45歳以上の社員は残るものの、どこか元気がない。そういった悩みをお持ちの経営者は、決して少なくありません。

ただ、私はこの問題の本質が評価制度にあるとは考えていないのです。人が育たない本当の理由は、もっと手前にある。組織そのものが拡張していないことにあるのではないか、というのが私の見立てです。


組織が拡張しなければ、人は育たない

多くの中小企業では、売上が横ばいか微増にとどまっています。再生局面の会社であれば、まず利益を確保し、財務体質を立て直すことが最優先です。それ自体は間違いではありません。しかし、売上が長期にわたって伸びない状態が続くと、組織にはまた別の問題が生まれてきます。

ポストは増えません。役割も広がらず、決裁権の階層も固定化します。若い社員が入社しても、上のポジションはすでに埋まっています。部長も課長も、簡単には辞めない。売上が増えない以上、部署も増えない。その結果、若手は同じ上司の下で、同じ仕事を、同じ枠組みの中で続けることになります。

評価基準をどれほど明確にしても、将来の景色が変わらなければ、人はなかなか動きません。社員が見ているのは「今の点数」ではなく、「ここにいれば将来が広がるかどうか」という一点なのです。

現場ではよく、45歳以上のベテランは残るけれど、30代や40代前半の社員はなぜか辞めていく、という現象が起きています。これを「世代の問題」や「最近の若者の気質」として語る経営者もいますが、私はそう見ていません。各人が置かれた状況から導き出した、ごく合理的な選択の結果です。45歳以上の社員は、給与水準もある程度確保されており、社内でのポジションも持っている。転職してもむしろ条件が下がる可能性が高い以上、今の会社に残るほうが合理的です。一方、30代・40代前半はまだ市場で評価される余地がある。会社が拡大していなければ社内での上昇余地は見えにくいのですから、外に機会を求めるのも合理的な判断です。評価制度の問題ではなく、成長の余地が見えないことが問題なのです。

リーダー研修についても、同じ構造があります。社長が「リーダーを育てたい」とおっしゃって研修を実施されること自体は、とても前向きな取り組みです。ただ、リーダーシップは講義の場で身につくものではありません。チームを率いる機会がなければ、プロジェクトを任されなければ、意思決定の責任を負う場面がなければ、どれほど研修を重ねても力は定着しない。リーダーシップとは、任される状況の中でしか育たない能力です。売上が横ばいで、新しい部署も生まれず、新規プロジェクトも立ち上がらない環境では、研修で学んだことを試す場そのものがありません。研修は確かに土台にはなります。しかし、土台の上に建物を建てる場がなければ、その意味は限られてしまいます。


新規事業や設備投資が持つ、もう一つの意味

人が成長するのはどんな瞬間かといえば、新しい顧客に向き合うとき、未知の課題に直面するとき、責任の範囲が広がるときです。要するに、仕事の難易度が自然に上がるときです。成長している企業では、売上の拡大とともに役割が増え、ポストが生まれます。新しい事業が始まり、プロジェクトが立ち上がり、誰かがその責任を担うことになる。そのときに初めて、人は本当の意味で育っていきます。

ここで重要になるのが、新規事業や設備投資の持つ意味です。社長が新規事業に挑戦するのは、単に売上を増やすためだけではありません。それは同時に、組織に新しい役割と責任の場を生み出す行為でもあります。新しい商品を開発する、新しい市場に参入する、新しい設備を導入する。そうした動きが起きた瞬間に、誰かが担当になり、誰かがプロジェクトを率い、誰かが失敗と向き合います。その経験こそが、人を育てます。

設備投資についても同じことが言えます。最新の設備を導入すれば、その操作を覚える人が必要になります。生産方式が変われば、管理の仕組みも変わります。改善活動も高度化します。そこに「任せる仕事」が生まれます。売上の拡大とは、突き詰めれば組織に任せる仕事を増やすことであり、任せる仕事が増えることで、人は初めて育つ環境に置かれます。

再生局面において「売上より利益」を優先することは、正しい判断です。ただ、再生が一段落したあとも同じ姿勢で守り続けると、組織は縮小均衡に入っていきます。利益は出ている、しかしポストは増えない、役割は広がらない、若手が将来を描けない。そういう状態が長く続けば、組織は静かに老いていきます。守ることは大切ですが、守るだけでは「任せる仕事」が生まれません。任せる仕事が生まれなければ、人が育つ場もない。人が育たなければ、次の挑戦を担える人材も出てこない。悪循環が静かに進んでいきます。


人材育成の議論は、ここから始まる

もちろん、売上拡大にはリスクがあります。設備投資は資金を必要とし、新規事業は失敗する可能性もある。リスクを意識すること自体は当然です。しかし、挑戦しないことにもリスクがあります。それは、人の可能性が組織の中で閉じていくリスクです。横ばい企業で人材育成を語るのは、土壌を変えずに作物の成長を期待するようなものです。どれほど良い肥料(制度や研修)を与えても、土壌そのものに問題があれば、作物は育ちません。

評価制度は必要です。研修にも意味があります。ただし、それらが本当に機能するのは、拡張する組織の中においてです。人を育てたいなら、制度を整える前に、まず事業を広げることを真剣に考えていただきたいのです。売上の拡大は、単なる規模の追求ではありません。それは、組織に未来を与える行為です。若い社員に「ここにいれば成長できる」という実感を与え、会社の外ではなく内に向かってエネルギーを注いでもらうための、根本的な条件整備です。

今の御社では、任せる仕事が増えているでしょうか。それとも、減っていないでしょうか。

人材育成の議論は、そこから始まるのだと思います。