知的資産経営の「今」と「昔」

―― Google Trendsが示す“消えた言葉”と、DXの正体
「知的資産経営」という言葉を、最近聞いたことがあるでしょうか。
おそらく、多くの方は「聞いたことがない」、あるいはベテランの経営者や支援機関の方であれば「昔、流行った言葉だね」「懐かしいな」という反応ではないかと思います。
実際、Google Trendsで検索動向を確認すると、「知的資産経営」という検索関心は2010年前後をピークに、以後は長期的に下がり続けています(図1)。この言葉は、最近になって急に廃れたのではなく、もう10年以上前から静かに表舞台から姿を消していたことが分かります。
では、「知的資産経営」は役目を終えた過去の遺物なのでしょうか。
本記事の結論は No です。
むしろ、AIやIoTが当たり前になった現代だからこそ、この考え方は「別の言葉」で復活している、と見る方が自然です。
この記事では、知的資産経営が何だったのかをゼロから整理しつつ、なぜ当時流行したのか、なぜ言われなくなったのか、そしてなぜ今DXに接続できるのかを、できるだけ実務寄りにまとめます。

図1:Google Trends による検索関心の推移(検索語:「知的資産経営」)1:
「検索関心は2010年前後をピークに長期低下。言葉としては“役目を終えた”が、思想は別名で継承された可能性が高い」
Contents
1.そもそも「知的資産経営」とは何か
知的資産経営とは、ひと言で言えば、
財務諸表には表れない経営資源(=知的資産)に着目し、それを競争力として説明・活用する経営
です。
ここでいう「知的資産」は、たとえば次のようなものです。
- 人的資産:スキル、経験、判断力、現場の暗黙知
- 構造資産:業務プロセス、手順、仕組み、品質管理の型、マニュアル、改善文化
- 関係資産:顧客との信頼、評判、ブランド、取引ネットワーク、パートナーシップ
ポイントは、「良い人がいる」「技術がある」という話で終わらせず、
- その強みが、どう価値を生み
- どう利益(または継続受注)につながっているのか
という因果のストーリーまで落とすことでした。
2.なぜ当時「知的資産経営」は流行したのか
2000年代後半〜2010年前後にかけて、知的資産経営は支援施策として広がりました。流行には、ちゃんと理由があります。
(1)価格競争だけでは生き残れない現実が強まった
“安いだけ”が正義だった時代が終わり始め、
「数字に出ない強み」が、競争力の源泉として再評価されました。
(2)中小企業の実力が「決算書だけ」では説明できなかった
中小企業ほど、決算書の数字だけでは見えない力があります。
- 現場の判断が速い
- 追加対応がうまい
- 顧客の期待値調整が巧い
- 設計変更の吸収がうまい
- 小さな改善が積み重なっている
しかしこれらは、決算書に直接は載りません。
だから当時は、「見えない強みを言語化して説明する」こと自体が価値になりました。
(3)「価値創造ストーリー」が武器になった
知的資産経営で一番強力だったのは、実は“報告書そのもの”ではなく、
「強み → 価値 → 収益(成果)」をつなぐストーリーです。
今の言葉で言えば、「価値創造ストーリー」「価値創造モデル」「ビジネスモデルの因果」ですが、当時すでに、
ツール導入より前に、まず“価値が生まれる理由”を設計せよ
というメッセージがありました。これは、後でDXの章で効いてきます。
3.当時の「使われ方」:何を作り、誰に説明していたのか
当時、知的資産経営はだいたい次のように進められました。
- 経営者・現場へのヒアリング
- 知的資産(人的・構造・関係)の棚卸し
- 強みの「価値創造ストーリー」を作る
- 報告書(または説明資料)としてまとめる
- 金融機関・取引先・支援機関に説明する
この流れは、当時としては合理的でした。
なぜなら、データが十分に取れない時代に、言語化が唯一の可視化手段だったからです。
4.なぜ言われなくなったのか:知的資産経営の弱点
Google Trendsが示すように、言葉としての関心は長期低下しました。
ここで大事なのは、「概念が否定された」のではなく、運用上の弱点が露呈したことです。
(1)報告書が“棚にしまわれる成果物”になりがち
「立派な冊子」ができても、現場が変わらない。
結果として、説明はできたが、変革の道具になりにくかった。
(2)金融機関評価への過度な期待
非財務情報は「補足資料」にはなるが、融資判断の主役は今もキャッシュフローです。
「これを書けば融資が有利になる」という期待を持たせすぎると、現場ではズレが生まれます。
(3)KPIで因果を“証明”するのは難しい
知的資産経営は、強みをKPIに落とし、成果との因果を示そうとしました。
ただ中小企業では、サンプル不足・外部要因の影響が大きく、統計的に証明するのは困難です。
結局、言葉としての知的資産経営は、少しずつ“語られなくなった”。
しかし、ここが本題です。
5.それでも「知的資産経営のコンセプト」はダメになっていない
むしろ今、似た話が別の名前で再登場しています。代表例が 人的資本経営 です。
人的資本経営との接続:名前が変わっただけの部分がある
上場企業を中心に、人的資本の開示が強く求められる時代になりました。
ここで語られる「Human Capital(人的資本)」は、知的資産経営でいう人的資産にかなり重なります。
つまり、
- 昔:中小企業支援の文脈で「人的資産」を語った
- 今:資本市場・ESGの文脈で「人的資本」を語っている
という違いはあっても、「人や組織が生む見えない価値を、説明可能にする」という問題意識は共通しています。
知的資産経営は、今の人的資本経営・非財務開示の“先祖”のような位置づけにも見えます。
6.DXは「知的資産経営の続編」である:ツールではなく“実装”の話
ここでDXです。
DXは「ITを入れること」だと思われがちですが、実務の現場で見えるDXの本質はこうです。
暗黙知を、データ・構造・判断ルールに変換し、再現可能にすること
この定義に立つと、知的資産経営とDXは直線でつながります。
- 昔:暗黙知をヒアリングで言葉にした
- 今:暗黙知を業務フロー・データ・システムに落とす
つまりDXは、
知的資産経営が“言語化”でやろうとしていたことを、テクノロジーで“実装”する段階
とも言えます。
そして、DXでよくある失敗――
「高価なツールを入れたが、現場が使わない」
は、知的資産経営の教訓で説明できます。
多くの失敗は、価値創造ストーリー(因果)を作らずにツールから入ることです。
「強みがどう利益に変わるのか」を設計せずに、いきなりシステムを入れてしまう。
その結果、現場にとって“意味のない入力”が増え、運用が崩れます。
7.比較表:知的資産経営とDXは何が違い、何が同じか
両者の関係性を整理すると、DXとは「知的資産経営がやりたくてもできなかったことを、テクノロジーの力で実現した姿」と言い換えられます。
| 比較項目 | 昔の「知的資産経営」 | 今の「DX」(進化した姿) |
|---|---|---|
| アプローチの核心 | 言語化:暗黙知をヒアリングし言葉にする | 構造化・データ化:業務と判断を仕組みに落とす |
| 成果物 | 報告書・マニュアル(棚にしまわれがち) | 業務フロー/システム(業務の中で使われ続ける) |
| 情報の鮮度 | 静的:年1回など“棚卸し”中心 | 動的:日々データが更新される |
| 再現性 | 人への依存が残る(結局、誰がやるか) | 仕組みで担保(誰がやっても一定品質) |
| 検証 | 仮説中心(「たぶんこうだ」になりやすい) | ログ・テスト・データで検証しやすい |
| 目的 | 外部への説明(金融機関・取引先へのストーリー) | 内部の変革(生産性・品質・収益構造の変化) |
変わっていない本質は一つです。
「財務に載らない強みが、競争力の源泉である」という思想は、今も変わりません。
8.結論:知的資産経営は「終わった」のではない
知的資産経営は、流行語としては終わりました。
しかし、思想としては消えていません。
言葉が消えた理由は、「間違っていたから」ではなく、
実装段階に移り、別の名前(DX、人的資本経営、価値創造ストーリー)で走り始めたからです。
そして、DXがうまくいかない会社ほど、じつはこの順序を飛ばしています。
- 自社の強み(知的資産)を特定し
- 価値創造ストーリー(因果)を描き
- それを業務フロー・判断ルール・データ設計に落とし
- 最後にツールを選ぶ
この順番で進める限り、知的資産経営は“過去の遺物”ではなく、
DXの成功確率を上げる、土台の考え方になります。
まとめ
- 知的資産経営は2010年前後に流行し、その後言葉としては下火になった
- しかし「見えない強みを価値に変える」という思想は今も有効
- 人的資本経営や価値創造ストーリーは、その現代版と捉えられる
- DXとは、知的資産を「言語化」から「構造化・実装」に進めた段階である
- ツールから入るDXが失敗するのは、ストーリー設計(因果)を飛ばすから


