知的資産経営の「今」と「昔」(2)

― DXがうまくいかない会社が見落としている工程
※本記事は連載の第2回です。
第1回では、「知的資産経営」という一見すると過去の言葉が、実はDXの源流とも言える考え方であることを整理しました。
▶ 第1回:知的資産経営の「今」と「昔」 https://ismec.jp/intellectual-asset-management-1/
📌 この記事の要点
- DX失敗の原因は、ITやツールの問題ではない
- 見落とされているのは「価値創造ストーリーの設計」という工程
- この工程は、面倒で・時間がかかり・数字にしにくいため後回しにされる
- 価値創造ストーリーは「3つの問い」で設計できる
- 次回は、ストーリーを可視化する具体的手法として「原価管理」を解説
Contents
DXに取り組んでいるのに、なぜ成果が出ないのか
DXに取り組んでいるにもかかわらず、成果が出ない。
システムを導入したが、現場が使ってくれない。
データは蓄積されているはずなのに、経営判断は相変わらず属人的。
こうした悩みは、業種や規模を問わず、非常によく聞きます。
しかし、多くの場合、原因は「ITが難しいから」でも「社員のITリテラシーが低いから」でもありません。
DXがうまくいかない会社は、ある工程を見落としています。
本記事では、その「見落とされている工程」が何なのかを、知的資産経営の視点から整理します。
DXがうまくいかない会社に共通する光景
まずは、よくあるDX失敗のパターンを見てみます。
- とりあえずSaaSを導入した
- ベンダーのデモが分かりやすかった
- 補助金が使えた
- 周囲の会社も導入していて、不安になった
導入直後は、「DXが進んでいる感」があります。
しかし、数か月もすると次のような状態になります。
- 入力作業だけが増えた
- 現場はExcelに逆戻り
- データはあるが、使われない
- 経営判断は相変わらず社長頼み
結果として、**DXは「導入した瞬間がピーク」**になってしまいます。
【ケーススタディ】建設業C社の失敗と立て直し
失敗のプロセス
建設業C社(従業員30名)は、工程管理の効率化を目指して、クラウド型の工程管理システムを導入しました。
導入の決め手:
- ベンダーのデモがわかりやすかった
- 同業他社が導入していた
- IT導入補助金が使えた
導入後3ヶ月の状況:
- 現場監督は相変わらず手書きまたはExcelで工程表を作成
- システムへの入力は事務員の仕事になった
- 「二重入力」が発生し、負担だけが増えた
- 社長は「なぜ使わないのか」と現場を責める
何が見落とされていたのか
C社が見落としていたのは、次のような構造理解でした。
- 工程の遅れは、誰の・どの判断で生まれるのか
- ベテラン管理者は、なぜ遅延を防げるのか
- システムに入れるべきは、何のデータなのか
つまり、「自社の強みが、どこで・どう価値に変わるのか」という価値創造ストーリーが設計されないまま、ツールだけが導入されたのです。
立て直しのプロセス
C社は、一度立ち止まり、次のことを行いました。
ステップ1: ベテラン管理者の判断を観察する 遅延が少ない現場と、遅延が多い現場を比較し、「何が違うのか」を洗い出しました。
ステップ2: 判断のタイミングを特定する ベテラン管理者は、「発注の2日前」「天候情報の確認」「下請けとの事前調整」など、判断を前倒ししていることが判明しました。
ステップ3: 判断ルールを簡易的に標準化する 「発注チェックリスト」として、判断のポイントを3項目に絞り、若手でも使える形にしました。
ステップ4: システムを「判断支援ツール」として再設計 単なる記録ではなく、「判断のタイミングでアラートが出る」仕組みとしてシステムを再構築しました。
結果
- 若手監督でも、遅延リスクに早期に気づけるようになった
- 工程の遅れが30%減少
- システムは「使わされるもの」から「判断を助けるもの」に変わった
この事例が示すのは、「ツールより先に、ストーリーを設計する」ことの重要性です。
本当に見落とされている工程とは何か
結論から言います。
DXがうまくいかない会社が見落としている工程は、「価値創造ストーリーの設計」です。
価値創造ストーリーとは、
- 自社の強み(知的資産)は何か
- それが、どの業務・どの判断で価値に変わるのか
- どこがボトルネックなのか
- どこを標準化・データ化すべきなのか
といった因果の整理のことです。
この工程を見落としたまま、いきなりツールを導入してしまう。これが、DX失敗の最も典型的な構図です。
なぜ、この工程は見落とされてしまうのか
では、なぜ価値創造ストーリーの設計は、これほど見落とされるのでしょうか。
❌ 価値創造ストーリーが後回しにされる3つの理由
理由① 面倒で、時間がかかるから
業務を分解し、現場の判断を聞き出し、構造として整理する作業は、正直に言って面倒です。
ツール選定やデモの方が、はるかに「分かりやすく」「進んでいる感」があります。
理由② 数字にしにくいから
価値創造ストーリーで扱うのは、判断力、段取り、気づき、経験則といった、KPIに落としにくい要素です。
結果として、「後で考えよう」「とりあえずツールを入れよう」という判断が繰り返されます。
理由③ DX=ITという認識が強いから
DXが「ITの話」だと思われている限り、経営や業務設計の話は後回しになります。
その結果、「DXなのに、経営が深く関与しない」という矛盾が生まれます。
よくある誤解パターン
DX推進の現場では、次のような誤解がよく見られます。
誤解①「データさえあれば、判断できる」
誤解の内容: データを集めれば、自動的に正しい判断ができるようになる。
現実: データは「材料」であり、「判断」ではありません。どのデータを、誰が、どのタイミングで見て、何を判断するのか—その設計がなければ、データは使われません。
誤解②「ツールが解決してくれる」
誤解の内容: 優れたシステムを入れれば、業務は自動的に効率化される。
現実: ツールは「手段」であり、「目的」ではありません。何を解決したいのか、どの判断を標準化したいのか—その設計がない限り、ツールは「使いこなせないもの」になります。
誤解③「現場が使わないのは、現場のせい」
誤解の内容: システムを使わないのは、現場のITリテラシーや協力姿勢の問題。
現実: 現場が使わないのは、「使う理由」が設計されていないからです。現場の判断や業務フローとシステムが噛み合っていない場合、使われないのは当然の結果です。
知的資産経営の視点で見ると、何が起きているか
ここで、第1回で整理した知的資産経営の基本構造を再確認します。
💡 知的資産経営の基本構造(再掲)
知的資産(人的・構造・関係) ↓ 価値創造ストーリー ↓ 成果(売上・利益・継続)
- 知的資産: 社員の技術・ノウハウ、業務プロセス、顧客との関係性
- 価値創造ストーリー: 知的資産が、どのように価値に変わるかの因果関係
- 成果: 実際の売上・利益・事業の継続性
DXで失敗している会社は、この構造で見ると、
- 左側(知的資産)を整理せず
- 中央(価値創造ストーリー)を設計せず
- いきなり右側(成果)を出そうとしている
状態にあります。
これは、地図を描かずにナビだけを買うようなものです。
行き先がわからなければ、どれだけ高性能なナビを持っていても、目的地には着きません。
価値創造ストーリーを設計する「3つの問い」
では、価値創造ストーリーは、どう設計すればいいのでしょうか。
ここでは、実務で使える**「3つの問い」**を紹介します。
✅ 価値創造ストーリー設計の3つの問い
問い①:自社の強みは何か?
具体化のための視点:
- 他社にはできないが、うちならできることは?
- ベテランと若手で、何が違うのか?
- 顧客が「また頼みたい」と言う理由は何か?
記入例: 「納期厳守率が高い」「クレームが少ない」「リピート率が高い」
問い②:それは、どこで価値に変わるのか?
具体化のための視点:
- その強みは、どの業務プロセスで発揮されるのか?
- 誰の、どの判断が結果を左右しているのか?
- その判断は、いつ行われているのか?
記入例: 「発注タイミングの判断」「段取りの事前準備」「顧客との事前調整」
問い③:ボトルネックはどこか?
具体化のための視点:
- 属人化している判断はどこか?
- 若手が困っているのはどこか?
- 手戻りや遅延が起きるのはどこか?
記入例: 「材料の発注ミス」「段取りの抜け漏れ」「情報共有の遅れ」
この3つの問いに答えることで、**「何をデータ化すべきか」「どこを標準化すべきか」**が見えてきます。
DXとは、価値創造ストーリーを「実装」する行為である
DXとは、単なるIT導入ではありません。
DXとは、価値創造ストーリーを、業務設計・判断ルール・データとして"実装"する行為です。
知的資産経営が「言語化」で行おうとしていたことを、DXは「仕組み」として実現しようとします。
この順序を間違えない限り、DXは特別なものではありません。
すでにツールを導入済みの場合、どうすればいいか
「すでにSaaSやシステムを導入してしまったが、使われていない」という場合、どうすればいいのでしょうか。
🔄 失敗からのリカバリー方法
ステップ1:一度、立ち止まる
「なぜ導入したのか」「何を解決したかったのか」を再確認します。
ステップ2:「3つの問い」で設計し直す
導入済みのツールを前提にせず、まずは価値創造ストーリーを設計します。
ステップ3:ツールを「使える範囲」で再構築する
ストーリーに合わせて、ツールの使い方を再設計します。場合によっては、機能の一部だけを使う、Excelと併用する、といった柔軟な運用が現実的です。
ステップ4:小さく始め直す
全社展開ではなく、まず1部署・1プロジェクトで「使える形」を作ります。
重要なのは、「失敗を認める勇気」と「小さく戻る柔軟性」です。
次回予告|では、ストーリーをどう可視化するか?
ここまで読んで、次のような疑問を持たれたかもしれません。
「価値創造ストーリーの重要性はわかった。でも、判断力や段取りといった『数字にしにくいもの』を、どうやって可視化するのか?」
その答えが、原価管理にあります。
次回(第3回)では、なぜ原価管理がDXの入口として有効なのか、そして「Excel原価管理」がどう価値創造ストーリーを可視化するのかを解説します。
📘 次回予告
第3回:なぜ「原価管理」がDXを成功させる有力な手段になるのか
- 原価管理は「コスト削減」の道具ではない
- 原価を通じて、判断力・段取り・気づきが数字で見えるようになる
- Excel原価管理が、DXの最初の仮説検証ツールになる理由
まとめ|DXがうまくいかない理由は、技術ではない
📋 この記事のまとめ
- 多くのDX失敗は、ITやツールの問題ではない
- 見落とされているのは、自社の知的資産が「どこで、どう価値に変わるのか」を整理する価値創造ストーリーの設計
- 価値創造ストーリーは、面倒で・時間がかかり・数字にしにくいため、ツール導入より後回しにされやすい
- 価値創造ストーリーは「3つの問い」で設計できる
- DXとは、価値創造ストーリーを業務設計・判断ルール・データとして仕組み化する行為である
- すでに導入済みのツールも、ストーリー設計をやり直すことで再生できる


